東京高等裁判所 昭和55年(ラ)984号 決定 1981年1月27日
抗告人
三堀イキ
外三名
右抗告人ら代理人
畑谷嘉宏
児嶋初子
相手方
松原貞子こと
任貞彬
右代理人
滝島克久
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人ら代理人は、「原決定を取り消す。相手方の本件申立を却下する。」との裁判を求め、その理由とするところは別紙記載のとおりであるが、その要旨は、抗告人らの共有にかかる本件土地に対する相手方の借地権が菊田英作こと朴南夏に譲渡されると、右土地の賃貸人たる抗告人らは著るしい不利益を被むることとなるから、本件借地権譲渡許可の申立は排斥さるべきである、というにある。
よつて検討するに、抗告人ら主張の事実は、その殆んどがこれを肯認するに足りる証拠がないのみならず、仮りに抗告人ら主張のような事実が存在するとしても、そのことから直ちに本件借地権の譲渡をもつて、借地法九条の二第一項にいう「賃貸人ニ不利トナル虞」がある場合に当るものということはできない。すなわち、右法条にいう「賃貸人ニ不利トナル虞」の有無は、賃貸人の主観を基準としてではなく、借地権の譲受人の資力、職業、社会的信用並びに土地及び地上建物の使用目的などの諸事情に照らし、賃貸人が当該譲受人に土地を賃貸する場合に賃料を確実に徴収することができるかという点のほか、当該譲受人との間に人的信頼関係を維持することができるかなどの諸点から、これを客観的に観察して決すべきはいうまでもないところ、記録によれば、本件借地権の譲受人に予定されている前記朴は、現に、本件借地に隣接する抗告人ら所有の土地約571.90平方メートルを抗告人らから賃借し、同土地上に工場を所有し、これを第三者に賃貸して家賃収入を得ており、抗告人らに対する賃料の支払いにつき十分な資力を有しているのみならず、その余の点についても賃借人として格別問題のない者であることが認められるのであるから、これを客観的に観察すれば、本件土地の賃借人が相手方から朴に交替することにより、抗告人らが格別の不利益を被むるおそれは存しないものというべきである。そして、従前の地代が低額であつたことは、付随処分の内容決定に当り十分に斟酌され、原審は相手方に対し、鑑定委員会の意見を超える一時金の給付を命じ、かつ、将来の地代を大巾に増額すべきこととしているのであるから、右付随処分により抗告人らと相手方との間の利害は調整されるものというべきであり、原決定に違法・不当の点は存しない。
よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)
【抗告の理由】
一、本件土地およびその上の相手方名義の建物は、抗告人三堀イキの亡夫三堀良勇の亡父三堀弘良の所有であつた。
三堀弘良は、朝鮮から密入国してきた相手方が放蕩者の夫と五・六人の子供をかかえて住む所がなく困つているのを見かねて、三堀弘良が当時海運業を営んでいた株式会社三弘組の事務所兼船頭の宿泊所として使用していた本件建物に住まわせてやることにしたのであるが、相手方が本件土地をも全部使用させてくれというので、昭和二七年一一月一五日に本件土地を相手方に賃貸することにしたのである。
二、本件建物は当時すでに相当老朽化していたので、右三堀弘良は家の建替はしない、家が壊れたら直ちに出ていくという約束で本件建物が壊れるまで本件土地を相手方に貸すことにしたのである。
三堀弘良が本件建物を相手方に譲渡しなかつたのは、右明渡しを容易にするためであつたが、相手方は三堀弘良が病気でねこむことが多くなつた後昭和三〇年一二月二六日に相手方名義で本件建物の保存登記をしてしまい、その後本件建物に手を加えて今日に至つているのである。三堀弘良は約一年後の昭和三一年一二月一七日胃ガンで死亡した。
三、相手方は現在本件建物ほか数軒の建物を所有しており、住む所に不自由している訳ではない。
抗告人三堀イキの聞くところによると、相手方は川崎市川崎区桜本一丁目三番七号に木造二階建の居住を、川崎市川崎区桜本一丁目一二番七号に木造二階建の共同住宅を川崎市川崎区大島三丁目三五番一〇号に木造二階建の店舗兼共同住宅を所有しているという話である。
これに対して、抗告人らの所有地は全部で三四七坪あるが、このうち一七三坪は菊田に賃貸中であり、三四坪は本件土地であり残り一四〇坪のうち七〇坪の上に店舗兼居宅が建つているが現在賃貸中であり、現実に抗告人らが使用しているのは高橋秀子夫婦が三〇坪、三堀イキ・三堀輝子・三堀明良の三名で四〇坪にしかすぎない。いずれもその土地の上に建物を建てて居住用に使用しているのである。
抗告人三堀明良は現在運送屋に運転手として勤務中であるが、本件土地を利用して運送業を営みたいと考えている。
四、以上、契約締結の事情、本件土地に対する現在の必要性、なによりも相手方が本件土地に対して何らの資本投下をしていないこと(地代についても固定資産税にすら、はるかに及ばない極めて低い金額しか支払つてこなかつた)を考慮すると、相手方において不必要となつた場合には抗告人らに返還すべきものであるところ、本件譲渡が許可されると抗告人らの右利益が半ば永久に害され回復不可能となるので、本件譲渡は認められるべきではない。